SIer/年収1000万を手放した私 〜選考全落ちを経験しながらもやりたかったこと〜(中編)

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はじめに

みなさま、お久しぶりです。

私は PLAID のエンジニア、大平 (@Victoria_Peak_) と申します。 7年勤めた野村総合研究所を辞め、2018/07〜現在まで PLAID で勤務しています。

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本エントリは、去年年末に執筆した、 前編 の続編となります。

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※前編の反響が私の想像以上に大きく、続きを読みたいといろいろな方々から応援を頂きました。ありがたいことに家族や友人、twiter、ブログのコメントでもたくさんのコメントを頂きました。ありがとうございました。



- 本連載の構成と中編について

エントリの構成は下記の通りです。
- 前編 (NRI〜転職決意まで)
- 中編 (退職〜PLAID入社まで) ※本エントリ
- 後編 (転職後〜現在まで)


本連載は、私が自身の本当にやりたいことに気づき、転職してwebエンジニアになり、1年と少しが経つまでの体験談を綴っていきます。昨年は転職含め怒涛のように環境が変わっていきました。恵まれた大企業の環境から個人の技術力が勝負のwebエンジニアとしてスタートアップに飛び込み、他のことが手に付かないほど業務に四苦八苦しておりました。社会人になってから転職後はおそらく私の社会人人生で一番長く、苦労した体験になったと思っています。

中編はその苦労の直前(といってもここでも大変なのですが)、転職活動の内容となります。

転職してから私は、Webエンジニアとして一年の間、twitter などで、SI から Webエンジニアへの転職に関する議論をいろいろ見てきました。どういうやり方が正かどうかはわからないのですが、その議論を見た上で私の転職活動を振り返ってみました。今思うとポートフォリオを作ったりする正攻法ではないと思っているため、この頃の私の転職戦略はあまりおすすめできないと思っています。私自身、はじめての転職だったのでかなり手探りで活動をしておりました。年齢も30歳直前を迎えていたため、転職に焦っていたのも事実です。慌てながらも転職活動をしていたので、一種の体験談として読んでほしいと思います。

まずは、前回の振り返りからいきましょう。

- 前回のあらすじ

(前編参照) 新卒で文系SEとして野村総合研究所(以下NRI)に入社した私は、普通のNRI社員として働いていました。なれないITの仕事に苦労しながらも、このままSEとしてキャリアを積み続けるのだと疑わず、順風満帆な人生を歩んでおりました。しかし、6年経ってプログラミングスキルが満足に身についていないことに違和感を覚え、G's academy (以下 G's )に入学します。

gsacademy.tokyo

G's で必死に深夜まで(または朝まで)プログラミングを業務と並行して書いた数ヶ月。その中で G’s のメンターであるWebエンジニアの方々やモダンな技術に触れていくことで、自身のキャリアの方向性を考え直し、レーンチェンジを決意します。

「30歳直前を迎えた今、恵まれた環境を捨てても本当にやりたいこと、将来像を追いかけたい」

PM・業務を考えるマネジメントメインのロールモデルではなく、エンジニアとして構造や処理を考えるロールモデルを目指し、転職を決意します。


それでは、ここからは前編の続きからとなります。退職を決意した2018年2月、後転職活動開始のエージェント探しからとなります。

3月/転職活動開始、エージェント選定

- 転職ってどうやるのか。とりあえず情報収集だ。

仕事ではやりたいこと(前編のブログ参照) を業務内容にしたい、その一心で転職を決意します。 とはいえ、始めての転職活動となるので、並走していただくエージェントを選ぶところからはじめました。今はリファラルや wantedly なども方法だったりしますが、当時の私はweb系の友人も多くなければ、カジュアル面談という概念を転職活動ではじめて知るくらいの転職知識が皆無の状態でした。

また、動き出すにはまずは情報収集・インプットが大事。自分が市場からどう見られているのか(市場価値)、やりたいことがどれくらい実現可能かどうかも知る必要があります。そこを明るくするためにもエージェントとの面談活動の目的でもありました。

- やりたいことを深堀りしながらエージェントを選定する。

普通の転職エージェントや、IT業界全般が強いエージェント、Web 系特化のエージェントなど、各エージェントの特徴をネットや友人などに聞き、情報収集を行いました。本編とは少しそれますが、wantedly にてカジュアル面談を繰り返し、自分のやりたいことと市場価値の情報収集も行いました。

トータルで5・6社くらいのエージェントと面談を行いました。それぞれの面談の中で自分の市場価値ややりたいことがどれくらい妥当性があり、転職する際にどのようなモデルケースがあるのかをすり合わせていきました。

- やりたいこと・キャリア・自身の市場価値が見えてくる。

面談をいくつか繰り返す中で、下記のことが明確になってきました。 例外のケースが有るかと思いますが、私が感じた内容となります。

  • 30歳という年齢は労働市場として未経験レーンチェンジは、ほぼラストチャンスであること
  • 自分が20代で積み上げてきたキャリアはエンジニアというよりも PM ≒ ビジネスサイド
  • 自分が将来的になろうとしている将来像は長期的に見れば可能性はある
  • 短期的にやりたいことはプログラミング
  • レーンチェンジとして業務未経験のハードルはやっぱり高い。ここはチャレンジ。

が見えてきました。

面談の中で自分で明確になった箇所や、労働市場からどう見えているかをすり合わせていく中で、自分のやりたいことと経緯・キャリアの簡単なスキルマップをパワーポイント作成しました。このパワーポイントを作成することでかなり自分の転職活動の軸が明確にすることに役立ちましたし、実際に面接官に渡して説明したりすることもありました。こちらは別ブログでまた紹介したいと思います。

- エージェントの決め手はやりたいことの理解深度。

今回の私の転職は、待遇等ではなくやりたい業務内容の優先順位が一番高かったため、 企業選びに対して企業選定の精度を高めるためには業務内容を正しくエージェントと同期させる必要がありました。

その前提を踏まえた上で、それぞれの面談を通して、あるエージェントに決めました。今までやってきたこととこれからどんなレーンチェンジをするかを、面談をしていく中で一番よくヒヤリング頂き、理解して頂けたと感じたことが決め手になりました。

例えば、その方はジーズアカデミーをご存知で、その中の活動内容もよく理解してくれていたことでした。他のエージェントはIT業界自体は詳しかったりするのですが、お願いしたエージェントはその中でもサーバーサイドとかフロントエンドの話や、技術のより詳しい範囲での理解をしてくれていたことが会話の中で読み取れました。また、実際に私と似たようなレーンチェンジ事例を担当されていたことも決め手となりました。これは巡り逢いかなと思っております。

面談前後も感触と心境を聞いて頂いたり、他の企業との日程調整を丁寧にしてくださり、かなり助かりました。とても感謝しております。ありがとうございました。

4月/退職・転職応募開始。しかしメガベンチャー・有名企業・大手のエンジニア職に応募全落ちで撃沈。

- 転職活動の前にまずは退職だ。

ここまでの活動で、エージェントも決まった、やりたいことも固まってきた、というところまで来たのですが、転職活動よりも先にやることがあります。NRI への退職願です。

通常であれば現職を続けながら並行で転職活動、ということになるでしょう。ただ、30歳直前という年齢を鑑みていち早く業務でプログラムを書くため、とりあえず先にやめることにしました。おそらくテンパって頭がおかしくなっていたのでしょう。と今になって思います。

並行でやってしまうと、面接をするタイミングも業務後になりますし、内定をもらったとしても現状の業務と調整し、退社日を決め、有給も取って、、となると半年後とかになってしまう可能性もありました。今となっては数ヶ月くらいそんなに変わらないのではと思っているのですが、当時はとりあえずやめることにしました。

ここは NRI の方に本当に感謝なのですが、理由を説明したら快く応援してくれ、業務と要員の調整を行っていただけました。スムーズに4月末を最終出社とすることができました。ありがとうございました。

- もう後はない。転職活動応募開始。

会社も無事退職することができたので、転職活動の応募を開始します。もう後には戻れません。転職活動がはじめてではありますが、自分の市場価値がどこまでいけるのかチャレンジしてみようとまずはチャレンジングな応募を中心に行いました。

選定企業軸はエンジニアファーストで、自身がコードを書く業務につけること、テッキーな社員が多いことです。その軸の中からなるべくレベルの高い企業を選定しました。

エージェントとも相談し、その評価軸からレベルの高いメガベンチャーや大手インターネット企業20社ほどを受けることにしました。

まだ始めたばかり。応募企業も就活のときとは違い、転職活動では十数社受ければいずれかはいけるだろう、と強気でいました。私自身正直どこか受かるだろうと高を括っていました。それが甘かったのです。

- 結果は全落ち。

結果は全落ちでした。4月の NRI 最終出社の時点では残り一社のところまで来ておりヒヤヒヤしていましたが、希望していた企業だったのでその最終面接が終われば転職活動は終わりにする予定でした。

しかし最終面接で落ち、応募企業にすべて落ちることになりました。 送別会の時に、「今転職活動どんな感じ?」と当時の上司や同僚に聞かれ、「全部落ちました、一からですねぇ」と笑ってごまかしていましたが内心はかなり不安だったのを覚えています。敗因は書類で半分以上落ち、プログラミングのテストと併せた筆記で落ちるところも多かったです。想像ですが、未経験30歳直前でコードを書く職を受けるということのハードルの高さ、プログラミング技術力がシンプルに足りなかったのだと思っています。まあそれは落ちるよね、と落ち込みながらも納得していました。

(内心)ああ、どうしよう、終わった。もう一度一からやり直しだ。

ここでエージェントに改めて相談に行くことに。。。






5月/追加15社Web企業を中心にエンジニア職で再チャレンジ。

- 気を取り直して再チャレンジ。

5月に入りました。新緑で天気もよく、世間は超大型のGWだったりするのですが、私の気持ちは真逆。そんな気持ちの余裕はなかったのです。

でも全落ちしたからといって落ち込んでいる場合ではありません。後戻りはできないのです。前に進むしか無い。そう自分に言い聞かせて活動を再開します。ていうかそもそも先に辞めてしまったお前が悪い。お金だって半年前はやめるなんて思ってないから転職活動に向けて特別貯金なんてしていない。もって数ヶ月しかない。まさにキングダムの壁将軍状態。兵糧(貯金)がない。昔に遊びすぎた。

今後受ける企業軸は変えず、エンジニアファーストでコードを書かせてもらえる企業中心のままです。エージェントに相談し、追加で企業を選定しました。

兵糧がないのに反省の色が見えません。やっぱり頭がおかしかったのでしょう。

今回はある程度選考が通るようになります。エージェントに選考企業を配慮して頂いた結果が功を奏しました。

- 面接中に感じた違和感。

書類選考は通るのですが、少しここで違和感を感じます。

面接をしてみると、エントリーする職種の業務内容が、クエリとかデータを作ったりもするビジネス職でした。また、エントリーはエンジニアだけれども、選考の途中でコードを書く系のビジネス職での選考をおすすめされるのです。

おそらくエージェントがエンジニア職希望です、と出しても、企業側のある程度受け入れを考えると、エンジニア職ガッツリよりも、エントリーはコードを書くビジネスとして入り、いずれエンジニア寄りにいったほうがよいという判断なのです。確かにもともとSEだったのでそのほうがバリューもでやすいし、待遇もそんなに落とさなくてよいし、客観的に見ても合理的な判断だと思います。

それと最終的な将来像がITコンサルタントITアーキテクトエバンジェリストをかけ合わせたような人材(詳細は別ブログで)になりたいので、そのためにコードを書ける職種につきたい、と書類に書きましたし、面接でそう言ったのでそう思われるのも無理ありません。

ですが、私はかなり違和感を感じます。

- 違和感を内省を重ねて明確に。

ここで内省を重ね、その違和感を深堀りしていきました。

「そうだ違う。私は今すぐエンジニアになりたいのだ。はじめは業務でほぼ100%コードを見ていたいのだ。そうしないと業務内でコードを書く濃度が薄くなっていまう。一番キャリアのネックになっているプログラミングの成長が遅くなってしまう。最速で将来像に近づかなければ。」

こういう周りになんて言われても将来像にこだわるところが要領悪いなと31年生きてきて思います。

申し訳無かったのですが、内定を頂いていた企業も選考を進んでいる企業もエンジニアでないならばと辞退させて頂き、応募する企業を再度検討することになるのです。

6月/修行だ。年収3分の1でもいいからと必ずコードをかけるエンジニアになれる企業を中心に応募。

さあさあ転職活動が泥沼の様相を呈してきました、これはもつれ込みそうです。久々に昔のことを書いていてほんと頭がおかしいなと思うのですが、もう少しなので筆を進めていきます。

- 3度目の正直。再度応募企業を見直し。

5月の面接の内容と、感じた違和感について素直にエージェントに伝えたところ、嫌な顔一つせず、再度選定を進めて頂けました。仕事とはいえ本当にありがとうございました。。。

流石になりふりかまっていられません。エンジニアとしてコードを書けるところであれば、条件は度外視です。スタートアップ、ベンチャー中心にとにかくコードを業務で書ける職種の軸でエージェントに選定してもらいます。自分でもネットで企業を調べながら選定企業を加えてきます。もう必死です。

それでも順風満帆には行かず、スタートアップもどこも受け入れてくれるわけではなく、エンジニア業務経験のないのであれば体制上余裕がないのでまず受け入れられない、という企業も実際にありました。確かに現状スタートアップの中にいて体制の余裕の少ない企業が多いのも共感できます。

- PLAID との出会い

そんな中受けていた一社の中に PLAID がありました。面接したのは6月の中旬。選定企業の中でも最後のほうで、本当に軌跡に近かったと思います。面接の時点で他の会社から内定がでていたのもあり、そんなに猶予もありません。

一次面接時はまだ五反田のオフィス。今ほどは大きくないオフィスビルの窓際の駅の見える小さな会議室で面接したのを覚えています。



- 話せば話すほど PLAID の文化・考え方に惹かれる。

一次面接、二次面接と進んでいくにあたって、なにか他の会社とは違う惹かれるポイントを感じます。なんかこの会社、他と考え方が違う。変だ。

考え方の普通じゃなさはまた別の機会に置いておき、PLAIDに惹かれた理由、マッチした理由を紹介したいと思います。

- 私がしたい「技術力で市場を作ること」の気づきと共感。

まずスキルよりも将来的な志向性で見られていたことが大きかったです。私の将来像(ITコンサルタントエバンジェリストITアーキテクトをかけ合わせたような人材像)に共感していただけました。そこまで特に進展がなかった将来像でしたが、新しく言語化してもらえました。

「ああ、大平さんは技術力を武器に市場を作っていきたいんだね。」

なるほど、たしかに市場を作っていく、という言語化はしていませんでした。思ったよりこの言葉が私の中でしっくり来ており、面接時に更に将来像が明確になったのは久々でした。この将来像に共感してもらえて、今でも社内でもその話をすることがありズレていないのが実感できます。

- 将来像へのスキル構築プロセスが自由だった。

次の点ですが、将来像へのスキル構築のプロセスも自由度が高かった点が挙げられます。5月の面談のように、普通のキャリアであれば、コードを書くビジネス職の採用になるはずだと思います。私は最終的にはそちらに近い方向に向かいたいのですが、PLAID はしっかりエンジニアとしてコードを書くことを尊重してくれたことがマッチしていた要因の一つでした。二次面接で当時のCTO(現CPO)と面接した時は、いつかはフロントにでるかもしれないが、まずは納得のいくまでコードをかいてよい、ということが決め手となりました。フロントに出るイメージも、100%ビジネスなのか、70%ビジネスで30%エンジニアなのか、スタンスも自由に決めて良い。とのことでかなり自由度の高さに惹かれました。

- Google リスペクト文化

それと Google リスペクトの文化です。私はミーハーなので Google 大好きです。NRI の時から Google の働き方や考え方に憧れて書籍を読んでいたくらいでした。PLAID 社内でも Google 文化をリスペクトしているし、実際にやりとりもある、という話を聞けたの惹かれた理由の一つです。

- そして入社

本当にそこからはトントン拍子で話が進みます。最終的に5社ほど内定を頂いており、どの会社も魅力的な企業でかなり迷いましたが、6月下旬には PLAID に内定受諾の返事をし、7/1から入社となるのです。

はぁ、、ここまで長い道のりでした。はじめはどうなるかとは思いましたが。。 有給も尽きているため、行き着く暇もなくここから私のエンジニア生活が始まります。。。ここからが本当の勝負ですし、本当に大変です。。



最後に

中編エントリをお読み頂きありがとうございました。 最後に心境変化のまとめと今後の方向性を少し追記して終わりにしたいと思います。

- 転職活動を通じて変化した心境と覚悟。

正直4月で全落ちしてしまった時にはどうしようかと思っていました。転職するなんて数ヶ月前には思っても見なかったので、貯金もしておりませんでした。もともと金遣いが荒くロードバイクとか飲み会にかなり使っており、辞めてから数ヶ月やりきれるかどうかという状況でもありました。とはいえやめてしまったので転職活動をやるしかありませんでした。ここはかなりしんどかったのを覚えています。あきらめて内定の出そうなところに落ち着きそうですが、将来像になるために繰り返し内省してモチベーションを保ち、納得して転職活動を終わらせるまで頑張ったのを覚えています。

また、覚悟が変わりました。NRI・大企業という恵まれた環境や年収を捨てていますので、もちろん以前より年収が下がっていますし、普通にしていたらこれ以降伸びるとは思いません。前職では大企業ですしほぼ会社の業務に乗ることで給料がでていたと思いますし、ある程度昇給もしていったはずです。

ただ、これからの人生は違います。そういう生活や環境は捨てました。PLAID はスタートアップなので、大企業ほどの個人への後ろ盾はありません。しかも移った職種は技術力がシビアに問われる世界であるwebエンジニア。自分の市場価値・個人としての実力を意識して磨いていかなければいけない職種です。ただ、必死に手を動かしスキルを磨けば市場価値も年収も上がっていくはずですし、なにか私個人としてのバリューをダサなければいけません。今後はエンジニアとしてその市場価値の追求もこだわっていきたいと思っています。

- 次回について

長めの体験談エントリでございましたが、お読み頂きありがとうございました。 転職するまでを書いてきた本連載ですが、次回が一番苦労した経験となります。 30歳、レーンチェンジをしたことでどんな点が苦労したのか、メンタル的に変えなければいけなかったのか、スキルとして何を苦労したのか、業務でやっていくのにどうやって克服していったのかを綴っていきたいと思います。

前編中編間よりは間は開かないと思いますが、もう少々お時間をいただければと思います。それでは、後編エントリでまたお会いしましょう。




P.S. こんな話ありますか、とか私と連絡したいことがあれば下記までよろしくお願いします。